スポーツドクター

アンチ・ドーピング

<著者>スポーツドクター協議会 アドバイザー 鈴木勝彦(鈴木診療院院長)

はじめに

ドーピングという言葉は、ドップ(dop)という一種の酒の名称からきたものであるが、南アフリカ共和国の原住民カフィール族が士気を高めるために強い酒の力を借りたことがその由来とされている。
スポーツの世界でドーピングが問題にされたのは、すでに古代オリンピア祭典競技に遡ることができるといわれるが、近代になって世間に取りざたされたのは19世紀の後半になってからである。国際オリンピック委員会(IOC)が医事委員会を発足させ、本格的にこの問題について検討し始めたのは1964年からである。

ドーピングの定義

1964年東京オリンピック大会に際した世界スポーツ科学会議ではドーピングについて次のような定義が採択された。 『ドーピングとは、試合における競技能力を不公平な目的で意図的に高めようとして、生体に生理的には存在しない物質を用いたり、それを異常な方法で使用することである。』
その後の定義はもっと具体的になりIOC医事規定(1966年)第2章禁止物質の種類、禁止方法の項の冒頭の記載によると、『ドーピングはスポーツおよび医学的な倫理に反するものであり、禁止薬物の投与および種々の禁止された方法を用いること。』と定義されている。

スポーツ倫理とドーピング

倫理とは「人の約束ごと」、「社会の約束ごと」である。スポーツ活動は社会の一活動様式であり、スポーツ倫理はスポーツ活動における人の約束である。ドーピングがスポーツの世界で問題にされ禁止されるということは、同時に一般社会においても禁止されるべき行為、行動であるあると認識されなければならない。ドーピング概念がスポーツ活動(競技スポーツ)に限って認識されるのは、競争で勝利を得ることを最大の狙いとして薬物を利用するというところにみられるということである。

アンチ・ドーピングの倫理的根拠

世の中にはやって良い事と悪い事がある。しかし、何が良くて何が悪いか判断に苦しむ場合がある。その場合のほとんどは、人の価値観の違いからきているといえる。ドーピングはなぜ悪いかとの答えは簡単ではない。というのは、ドーピングが人の倫理に反しているかどうかの判断が難しいからである。スポーツの世界でドーピングを禁止しているのはなぜかの理由を明確に認識することは、アンチ・ドーピング教育において最も大切なことである。

  1. 競技者の健康を害する
    薬物使用による人体への影響を考えるとき、人間が薬物を使用する一般的な理由は、身体的な弊害(病気)を治すためである。すなわち、身体の痛みの悪化を防いだり、人を病気状態から解放するためである。健康人に薬物を使用すればその薬物の作用はまったく効果がないか、副作用が出るだけで、決してプラスにはならないことを認識するべきである。どんな薬物でも人体にとっては異物であり、病気になったときやむを得ず使用するものであることを理解しなくてはならない。この点がスポーツ選手に薬物使用(ドーピング)を禁じている最も基本的な理由である。
  2. フェアプレーの精神とフェアな行為・行動
    スポーツはルールを守り、フェアに競い合うことを大原則にしている。フェアな精神とは、公平・公正な精神を意味する。言い換えれば、それは誰にでも認められる正しさを意味している。フェアプレーは第三者がそのプレーを目で見て確認できた時に認識されるが、ドーピング行為は、その場ではわからず、しかも検査の対象となり、検査の結果を待たなくては白か黒かわからないというものである。他人の知らないところで善良な行為をすることは人として大変尊いことであるが、その逆、つまり人に知られなければ何をやっても良いという考えは人間にとってもっとも恥じるべきことである。特にスポーツの世界では、一般社会以上に厳しく促えているといえる。
  3. イコールコンディショニングでの競技
    イコールコンディショニングとは、厳密には身体的にも天候、その他の環境すべてが同じであるという意味である。しかし、そのことを実現するには大変困難なことである。だからといって好き勝手なままでは社会生活は成り立たないし、競技スポーツも成り立たない。社会の秩序を保ち、すべての人が満足して生きていけるようにどの社会にもそれ相応の規則が存在している。これは、同じ価値観をもった同士がその価値観を実現するために考え、つくられた規則である。競技スポーツの世界でも一般社会と同様、それぞれの競技種目の価値観を実現するためにルールがある。これらのルールは、そこに関わるすべての人たちに対してできるだけ平等の条件を整備しようとする重要な意図もあることを認識しておかなければならない。スポーツの世界で厳しくドーピングを規制する理由は、イコールコンディションの原則を重視しているからであり、もしこの原則が無視されるならば、それは単なる闘争、もしくは戦争と同じことである。

まとめ

ドーピングが何故いけないのか。競技者の健康を害する、フェアプレーの精神に反する、反社会的行為であることを十分に認識し、スポーツマンであることに誇りと自覚を持つことが何よりも肝心である。競技力はあくまでトレーニング・栄養を医科学的な面から計画・実施してこそ向上があるのであって、薬物に頼ることは間違っていることを選手はもとより監督・コーチおよび関係者が十分理解することが大切である。

※参考文献:スポーツとアンチドーピング(ブックハウスHD) 【静岡体協第66号:平成15年2月発行】